ミハエラと申します。現在は茨城県つくば市に住んでおり、ルーマニア語/英語を教えます。また翻訳・通訳の依頼もお受けいたします。


by Mihaela_Romania

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正義感と責任感

正義感と責任感。
言うまでもなく、これらは人間にとって非常に重要なことです。
正義感のない人は、自分が得をするためなら「悪いことをしても、
見つからなければよい」と考え、利己的になりがちです。

また、責任感のない人は、自分を守ること、面倒から逃げることばかり考え、
自分の怠惰が他人に迷惑をかけているという意識がありません。
正義感と責任感は、一人前の大人として認められるための最低条件でしょう。

しかし、これらは、「確固たる自己」が形成された結果として、自然に生じるべきものです。
「自己」がなく、正義感や責任感だけが強い人は、ただ「堅苦しい人」と思われるだけで、
かえってまわりからうとまれ、また自分自身も苦しむことになってしまいます。

自分に自信のない人が、やみくもに正義感や責任感で自分を縛りつけるということは、
よくあります。

自己をもたない人にとって、正義感や責任感とは、「他人から批判されないための防具」であり、
また、「他人を批判するための武器」なのです。

自分は、会社で与えられた仕事を責任をもってこなしているのに、まったく報われない。
母親として、妻としての努めをきっちり果たしているのに、夫は評価してくれない。
責任感の強い人ほど、激しいストレスに悩まされてしまいます。
何をするにも、自分から進んでしているのではなく、
「やらされている」という意識しかないのです。

もちろん、自分に与えられた責任を果たすことは、それだけをとり上げて考えれば、
けっして間違ってはいません。絶対に正しいことです。
しかし、理屈では正しいことだからこそ、始末が悪いのです。

「自分は間違っていないのに、なぜ報われないのか」という被害者意識、
他人への怒りに悩まされてしまいます。

そこで、原点に立ち返り、「何のための責任感か」ということを考え直す必要があります。
責任感それ自体は正しいことなのですから、改めることはありません。
しかし、責任感とは、「自分自身への誇り」の自然な結果として生じるものなのです。
あくまで、心豊かに生きるためのものです。

自分の不安をごまかすためのものでも、他人を批判するためのものでもありません。
自分にとっても社会全体にとっても有益であるから、責任感というものは存在するはずです。
責任感がかえって自分を苦しめるなら、やはりその動機が間違っています。

自らの意志で責任感を「もつ」のではなく、「もたされている」という意識しかない人は、
結局、「自分だけが我慢している」という不満を抱いてしまいます。
はっきりとした自我に目覚め、自分に誇りをもっている人は、
むしろ正義感や責任感というものは、ことさらに意識することなく生きています。

責任感はしっかりと自分の中にとけ込んでいるので、
「我慢している」などという意識はさらさらないのです。
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by mihaela_romania | 2010-09-27 01:15 | 日々のつぶやき

吉野市について


白い花が霞のように山をおおう春には桜を求めて花見客が、
緑深まる夏には涼を求めて川遊びの客が、
四季を通じて興趣の尽きない自然を求め、
たくさんの人が私たちの町を訪れます。

四季折々の風情をみせる「吉野」の豊かな自然は、
歴史の舞台となり、文化を生み、私たちの暮らしを育んできました。

丁寧に育てられた吉野杉、吉野桧。色、香り、
木目の美しさは比類なきものであり、
加工された製品、また、その端材から生まれる割り箸は、
世界一と言っても過言ではないでしょう。
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by mihaela_romania | 2010-09-26 21:39 | 日々のつぶやき